1819→20

 

18,19歳あたりのことを書こうかな、と。

過去のことを書いたって、過去はただの記憶や思い出補正で、なんの意味もないけど。


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17だった私には行きたい外大がありました。

外大って響きがかっこいい。『ここでなら夢を叶えられる』『ここにいきたい』 ただ、偏差値が割と高い、、今の私じゃ無理。

なので、高2のその大学にいくことを決めて、英語だけ頑張りました。 ただ私って弱いもので2年生の2学期から英語だけじゃなく学校が更に忙しく楽しくなったので、←言い訳とヘタレ。結局3年生になるまで本気は出しませんでした。

 

3年になってから遅くも本気で勉強開始。

しかし、受かったのは短大のほうでした。

学部は難しいのわかってても、悔しくて悔しくてたまりませんでした。

でも、その大学にいくことは変わりなかったので、短大で編入でもいいか、、と思いつつ、コンプレックスが凄すぎました。『学部(4年)のほうに行きたかった』『短大でもし編入できなかったらわたしの夢が叶わない』

『妥協したと思われたんじゃないか』とか、自分の中でも『うん、、妥協したね』とか。でも精神的にギリギリだったので、とりあえず短大から編入しようと、、決めました。

 

学部に落ちたときから3年次編入を目指してましたが、高校も本当は自分の妥協しない高校を受けたかった。まぁいけるなって思う高校にしたので。結果良かったんだけど。

ここから自分に妥協しない、ギリギリのストイックな生活がはじまりました。

 

短大になったときは、親戚含め周りの人をガッカリさせたやろなって罪悪感だったし、あまり親しくない友達にはプライドで『学部入った』と嘘をついたことも、、。

 

18から19は絶対に負けられない戦いだったんです。

面接編入のためには1年の成績全て80点以上、トフル500以上、、などが合格基準。 

今までヘタレでなにかをやり遂げたことがない私。部活も途中でやめたり、妥協だらけ。

でも、何があってもと編入のためにだけ英語を頑張りました。トフルを500とったときのあのヒャッホーイ!は忘れられませんし。

絶対自分に負けない!それだけでした。

それがわたしの自信、になりました。

 

でも短大に罪悪感とゆうか妥協して入ったけど、授業は難しかったり、サークル楽しかったり、短大のクラスの人達みんな良い子だったり、もし学部いってたらどうだったんだろ?と考えたりしました。やり遂げるのが苦手な、へたれなわたしだから、遊びまくってたかもしれません。

そして短大のほうに行かなかったら、後にできた彼氏もできてませんでしたし。

 

結果的に7月に編入は決まり、はじめて達成感、を味わいました。

はじめてやり遂げた!!!!!って。あの喜びと、ドヤ!!は忘れられません。

18さいの私へ。19のわたしは諦めなかったよ、よく頑張ったね、と。

 

そしてご褒美?のように19歳→20歳あたりは本当に楽しかった。こんなに楽しくて幸せでいいのかって。『報われた』とはじめてやっと思ったのが20さいなんだよね。

それまで、勿論いいことも沢山あったわけだけど『報われた』ことなんてなかったから。

憧れていた大学に3年次編入できた喜び。

これが本当に報われた、わたしはわたしって認めていた時期かもしれない。

大好きな友達と自動車学校に通って楽しめた←趣旨違うけど。こと。

友達と旅行に行ったこと。

バイトで暑い時期にあつーいと言いながらみんなで汗流して頑張った日。

彼氏とはじめて行った京都の夜。

はじめて彼氏と過ごしたクリスマスの日。

心の中の宝物がたくさんあった時だった。

それはとてもキラキラしていて、私を輝かせてくれた。

どんでん返しだった。

 

 

そしてまだあの頃は病気じゃなかったし。

 

思い返すと頑張ったよなぁって涙がポロポロでるときもあるし、やっぱりいつも過去に負けない『今』、この年以上に良い年はあるのかな、と思ったけど、ここまではなかなかないですね。笑

過去振り返っても別に、、得るものはないけど、しんみりすると同時にココロがぽかぽかしますね。